テクノラボ講座その1:「デザイン」

この原稿は、多くのプロダクトデザインを受託する企業の経営者の視点から、デザインについてまとめたものです。

思想的背景としては、シリコンバレーで流行した「デザイン思考」と、最近取り上げられ始めた「デザイン・ドリブン・イノベーション」の影響を受けています。

もし興味を持たれた方は、末尾に挙げる参考文献をあたってみることをお薦めします。

 

 

インダストリアルデザインって何?

はじめに、「デザイン」という言葉について。
「デザイン」という言葉は多くの人に使われますが、定義は人によってマチマチで、明確ではありません。

広くとらえる場合にはシステムデザインとか、キャリアデザインといったものまで範囲が広がってしまっています。
ここでは、私が比較的良く知っている「インダストリアルデザイン」に限ってデザインとは何か、をお話しします。

 

まず「インダストリアルデザイン」 = 「売るために、マスプロ製品の外観意匠をキレイにつくること」と定義しましょう!
私はデザイナーではなく経営者なので、デザインという機能がどう社会に位置づけられて来たかの観点でお話したいのです。

デザインの流行の波の中に居るデザイナーとはちょっと異なりますが、多くのユーザーさんが求めるのはこちらの切り口だと思っているので。

 

これを定義とするのは、インダストリアルデザインが誕生した時の背景を考慮しているからです。
そもそもデザイン産業はマスプロダクションが始まった後、製品の外観をキレイに仕上げて自社商品の売上を伸ばすため生まれた産業です。キレイに仕上げた美術品や工芸品は芸術品ですが、マスプロ製品は芸術品ではない。質の良いマスプロ製品を芸術と区別するため、「デザイン」という言葉を使うようになったと考えられます。
デザインはその誕生当初から「マスプロ」と「売れる」という目的と切っても切り離せませんでした。

だから「インダストリアルデザイン」=「売るために、マスプロ製品の外観意匠をキレイにつくること」こそが本質であるべきとしたのです。

 

 

インダストリアルデザインの変遷

ところが最近は事情が複雑になり、デザインの役割は徐々に変わって来ていています。

「売るために、マスプロ製品の外観意匠をキレイにつくること」だけで、デザインを語ることができれば良いのですが。

 

ステージ①:売るための外観づくり

昔はカッコ良ければ売れたのです。

当初デザインにはキレイな/カッコいい外観をつくる、ということだけが求められていました。
その時代には、デザイナーはカッコいいものを生み出す人なので、何だかセンスの良い芸術家みたいな人に違いない、というイメージを持たれる存在でした。

少し怪しい人、というイメージを持っている人も居るかも知れません。

 

ステージ②:マスプロダクションの知識習熟

ところが少し経つと、工業製品はより複雑になり、マスプロで使われる技術も多様になって行きます。

マスプロのためには金型や射出成形の基本技術を理解して、技術と親和性の高い形状をデザインしなければ製品をつくることが出来なくなりました。

単にセンスが良いだけではダメで、製造技術等に関する高い知識が必要とされるようになりました。

この時点で、生産技術への知識が不要な「グラフィックデザイン」と知識の蓄積が必須になる「インダストリアルデザイン」が分化します。

今では両者は別のスキルとされるのが一般的な理解になっています。

 

マスプロダクションの基礎知識を習得するため、インダストリアルデザイナーになるためには、基本的にメーカーで何年か下積みすることが必要となりました。

よくあるキャリアとしては、日本の場合5美大・芸大等を卒業して → 家電メーカーのインハウスで下積み →個人事務所で 独立、というパターンです。

 

ステージ③:マーケティングと物語の創出

さて近年になると、マスプロダクションの知識をベースにカッコいいデザインをするだけでは商品が売れなくなりました。

どのメーカーもそれなりにカッコいいので、デザインだけでは商品の差別化が出来なくなっているからです。
そこでデザインはマーケティングの実現手段に変化してきました。 ユーザーが欲しいものをマーケティングして、デザインはそれに合わせるべき、という考え方です。

近年良く言われるのが、物語りの創出です。単に外観がカッコいいだけではなくて、実は病気の妻のために・・・とか、飛騨の職人が5年をかけて、とか、その商品の背景に、ストーリーを創り上げてユーザーへの訴求性を高めようとする動きが強くなってきました。

マーケティングやストーリーテリングの手法が得意な広告代理店が主導して、インダストリアルデザインを行うことが増えてきています。

モノづくりからコトづくりとか、製品コンセプトとか、顧客プロファイルとか、余り聞かない単語がデザインには付き纏うようになったのは、こういう背景です。

 

こうしてデザインが益々普通のユーザーから遠く離れてしまった訳です。

 

ステージ④:イノベーションの創出

これが現代になると、逆の流れが起こります。

マーケティングや物語りの嘘臭さに消費者が気づき始めていて、それでは売れなくなりつつあるからです。

消費者はマーケティングに踊らされない、ホンモノ(?)を求めるようになりつつあります。

(何がホンモノなのか、消費者が分かっているかどうかは、怪しいですけれども)

 

この一連の流れの中で「イノベーション」の創出が叫ばれるようになりました。

つまりは「売れない」からより「売れる」デザインを考えるための方法を考えるようになった訳です。

こうした私達の社会反応を見ると、やはりデザインは売れるために悪戦苦闘するというのが本質なのだ、と経営者目線で考えざるを得ないのです。

 

さて、ところでデザインに対しての現在のデザイナーが出している回答方法は、大きく2つに分かれているようです。

一つが参加型のモノづくり、そしてもう一つが突き抜けたモノづくり、です。

参加型のモノづくりは、デザイン思考と呼ばれるシリコンバレーで流行したグループが提唱しています。

デザイン思考は適用範囲が多岐に渡る考え方ですが、「売れる」という側面に限って見ると徹底したユーザー寄りの姿勢を取っています。

つまり個人の実感から離れすぎたデザインを、個人の手元に引き戻すことで、再び売れるものになるはずだ、と考えます。

そもそもモノづくりは本来自分のために行っていたはずだ。でもマスプロによって細分化して、実感がなくなったからつまらないので、創り上げるプロセスに自分が参加することができれば本当に欲しい製品になるのだ、と考えています。

近年メイカーズムーブメントやクラウドファンディングなどといった考え方が出てきていますが、どちらもシリコンバレーで流行った方法だけあって、このデザイン思考と大変親和性が高いように思います。

もう一つの考え方が突き抜けたモノづくりです。

これは、デザインドリブンイノベーションというコンセプトで欧州のグループが提唱しています。

デザインドリブンイノベーションは、反対にユーザーを見限っています。

ユーザーはその品物が目の前に出されるまで、何が欲しいか分からないのだ。だから突き抜けた個人やチームが十分な研究の基に新しいものを創り出すことこそが重要なのだ、と考えています。
古くはGMの自動車からアップルのアイフォーンまで、エポックメイキングな商品はマーケティングの結果から生まれていません。

こうした突き抜けた商品を如何につくるかを「研究」することが重要だと説いています。

その根源には、デザインよりもむしろ「アート」や「哲学」があるべきだという主張がなされているようです。

この考え方は元々イタリア企業の研究から生まれていて、日本の会社でもこの考え方に共鳴する企業が出始めているようです。

以上にまとめたようにデザインの内容は時代により、かなり変化しています。

それはデザインの目的がそもそも「売れること」であったが為に、それを達成するための手法を変化させているからだということが出来ます。

 

 

現在のインダストリアルデザイン業界の主流

現在、日本の大手企業ではステージ③の段階で、マーケティング中心のデザイン戦略が多く採用されています。

中小企業ではステージ①または②の段階で、とりあえずモノが作れるレベルでデザインが語られることが多いようです。

 

これに対して、多くの海外メーカーはステージ④のデザイン思考/デザインドリブンでのデザインを基本としています。

最近の日本のメーカーの製品に、胸がワクワクしないのは当然かなぁ、という気がしています。

その結果なのか、日本の電機メーカーの製品の凋落は著しいですね。残念なことに、米国の家電売り場でもほとんど見かけなくなりました。

それにも関わらず日本の大手メーカーのデザインがステージ④に進めないのは、経営者の理解が得られないからだと思います。

経営者がデザインは専門部署にやらせれば良い、というレベルから抜け出せないのでしょう。

背景には、日本の大手企業の経営者に、「売る」ということを包括的・体系的に捉える資質が乏しいことがあると思います。

「売る」ためにはあらゆる手段を駆使し、リスクを取らねばならないという点が、十分に理解できていないのでしょう。

 

デザインを専門部署に任せる、という考え方にとって、マーケティング中心のデザイン(ステージ③まで)はとても相性が良い方法です。

広告代理店が客観的(に見える)レールを敷いてくれるので、丸投げすることが可能なのです。

これに対してデザイン思考やデザインドリブンといった(ステージ④の)デザインは、経営者の主体的なコミットが必須要件になります。

デザインのために、社内組織の組み換えなどの経営手腕が求められるためです。

 

サラリーマンの上がりポジションとしての経営者と、専門経営者の文化の差がここにあると言うと言い過ぎでしょうか。

日本の経営者は、国際的な水準から見て経営者の質が低いのでしょうかね。

 

 

ところで中小企業では、デザインはまだステージ①または②の段階です。

これはマーケティング中心のデザイン(ステージ③)は、リサーチにお金がかかるので、入りにくいからです。

ただステージ④の考え方は、経営のコミットは必要ですがお金はそれ程なくても実行できる考え方です。

まだ少数ではありますが、中小企業の中には一足飛びにステージ④の考え方を取り入れて居る企業も出始めています。

私個人は興味深く見守っています。

 

 

あるべきデザインとは?

デザインの潮流はイノベーションを生むデザイン(ステージ④)にシフトしています。
具体的にはユーザーを巻き込む参加型か、ユーザーから突き抜けたモノづくりをする型を世界の企業は模索しています。何が望ましいかは答えのある問題ではありません。専門の書籍も参考にして、各社が研究して頂く課題かと思います。
ただテクノラボは「突き抜けたモノづくり」がこれからのデザインのあるべき姿になるのではないか、と感じています。
GMが自動車を作った時、社会は馬車が主流でした。もしマーケティングしていたら当時の顧客はもっと速い馬が欲しいと答えたことだろう、と創業者が言ったというのは有名な話です。
人々が気づいていない未知なるニーズを具現化することこそが、「売れる」モノづくりの基本となる筈です。
売れるためには、イノベーションを起こして新しいモノを生み出すことが避けられなくなっています。これまでのように、マーケットにおもねって外観を何とかするだけで製品の本質は変えないようでは、本当に売れるものは出来ない、という次元に突入していると考え始めています。

 

テクノラボが探求するデザイン

テクノラボという会社は単にスケッチを描くだけではなく、最終的に量産して市場に供給するまでがデザインだと考えて仕事をしています。
ですから<カタチを提供すること>を事業としています。

 

近年感じているのは、デジタルデバイスが増える中で逆にアナログなカタチがどんどん重要になっている、という事実です。
テクノロジーの進歩が余りにも速いと、ユーザーがそれについてゆくことが出来なくなります。

かつてはインターネットがそうでしたし、いま草莽期にあるIoT機器も同様です。

いろいろな可能性がありすぎて、そのテクノロジーをどのような位置づけで捉えれば良いのか、ユーザーは分からなくなってしまうのです。
ここにアナログなカタチの重要性があります。 人はそれがどんなものか、カタチを通して推測(アナロジー)しています。持ち手がついていれば手に持って使うもの、がっしりとしていれば置いて使うもの。モニターが上を向いていれば、下に置くものと分かるでしょう。つまりカタチはデジタルなデバイスと人間をつなぐインターフェースの役割を担っているのです。

 

技術の進化で、エレキ(機能)とソフトウェア(使い勝手)は組み合わせるだけで色々なことが出来るようになりました。それを人が欲しいと思うモノにするためには、カタチとしてのデザイン(インターフェース)がとても重要になってくるのです。

どうやら機能、使い勝手、インターフェイスが相まって、本当に魅力的な製品(価値観)が生まれるようです。

そして、 カタチとしてのデザインに携わる人がとても少ないことにも気づきました。

いま私達は自分たちのしている仕事がとても魅力的で、重要なことなのだとドキドキしています。

まだ社会にない可能性をカタチにしてゆくデザインが、これからテクノラボが取り組んでゆくデザインだと考えています。
その点ではステージ②のデザインもこなしているのですが、出来れば一緒にステージ④のデザインに取り組む会社さんと仕事がしたいと考えています。

ステージ④のデザインは経営者のコミットが必要になります。

大きい会社さんと一緒にやることには限界があると思っていて、中小企業同士で挑戦したいなと考えています。

興味のある方がいらっしゃれば、是非お声がけ頂きたいものです。

 

 

参考文献:

デザイン・ドリブン・イノベーション/ ロベルト・ベルガンティ 著

デザインの次に来るもの/安西洋之、八重樫文 著
プラスチックの逆襲 /青木弘行、松岡由幸 編集
The Art of Innovation /トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著
Change by Design /ティム・ブラウン著

知識デザイン企業/紺野登著

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